
狛江ショッピングセンターの一角に、「とんかつ かすが」という店がある。いや、ある——と記すのは語弊があるかもしれない。むしろ、この商店街ができた頃から、いつの間にか“そこにいた”と言うべきだろう。昭和四十二年、もとは肉屋として産声をあげ、時は移って三十年ほど前、とんかつ屋へと転じた。けれど、そんな来歴を考える者は、いまの店内には誰一人いない。誰もがただ、目の前の皿を前に静かに箸を動かすばかりである。
L字型のカウンター席が九つ。狭いと言えば狭い。だがその窮屈さは、どこか人を落ち着かせる。
カウンターの内側には、プロ用のガスコンロが二台、無造作にホースでつながれ、湯気と油の匂いに包まれている。一つは大きな揚げ鍋を抱え、もう一つは揚げたての品をのせるバットの台と化している。用途を逸脱されても文句を言わぬあたり、機械のほうが人間よりよほど従順である。鍋の脇には温度計が、まるで古風な番人のように定位置から動かない。

この小さな舞台を切り盛りするのは“おかみ”である。年齢は聞かぬが吉だろう。聞けば教えてくれる気もするが、彼女の笑顔の前では、そんな質問はどうにも野暮に思えてしまう。平成二十六年からおかみが店主となった。
それ以前は二十年の歴史を大将が握っていたが、怪我により車いす生活を余儀なくされた。とはいえ、大将の頭脳はなお健在であるという。店の奥に姿を見せるときには、往年の威厳がふと漂う。
おかみ自身も一度、脚を骨折して四か月店を閉めたことがある。だが、いまはリハビリと称して、再び店に立つ。立ちながら、驚くほど軽やかに笑う。その笑顔は、油煙をも跳ね返す明るさを帯びている。
趣味はカラオケで、時には舞台衣装に身を包み、イベントで歌うこともあるという。その華やぎと、揚げ鍋の前で黙々と働く姿の落差は、ちょっとした文学的興趣を誘う。
さて、この店のとんかつはと言えば——どうやら秘密があるらしい。まず、生パン粉。次に小麦粉。そしてこだわりの揚げ油。だが、真骨頂は「どろ」と呼ばれる卵と小麦粉の混ぜものだ。溶き卵よりも粘度が強く、パン粉をしっかり抱きしめ、衣をサクッと仕上げる役を担う。米はコシヒカリ。しかもガス炊飯器で炊くから、一粒一粒がやけに毅然としている。

メニューは豊富を通り越し、迷宮じみている。冷奴や焼き魚のようなあっさりものから、キスフライ、あじフライ、野菜いため、春巻、カキフライ、串かつ、かつ煮、豚キムチに至るまで、思いつく限りの“家庭の晩酌”がここにある。定食もまた豊かで、ヒレかつ、ロースかつ、メンチとコロッケの組み合わせにとどまらず、かきフライやチキンかつ煮まで揃っている。酒も例外ではない。梅酒からホッピー、生ビール、緑茶ハイに至るまで、客の喉を潤す選択肢には事欠かない。
その中には、毎日訪れては「お任せで」とだけ告げる常連もいるという。おかみは苦笑しながら語る。「毎日違うものを考えるのが、まあ大変なんですよ。あはは。」でもね、考えることが程よく多いのは、悪いことじゃないんですといった感じで、その姿はどこか誇らしげであった。
水木日曜は定休日。それでも、この店は昔から変わらず存在しつづけ、コマショの入口近くにある寿司屋と並んで「食事だけ楽しめる貴重な店」として、コマショの奥行きを保っている。
私自身、ここでハイボールを二杯あおり、気分任せのつまみをつついてから、コマショの深部へ潜っていくのが常となった。油の音、客の息遣い、カウンターの木目、そしておかみの笑顔。どれひとつ欠けても、「とんかつかすが」は成立しない。
——この店は、単に腹を満たす場ではない。昭和と平成と令和が、油の香りとともに、ひっそりと積み重なる場所なのである。

今回訪れたお店:とんかつ かすが