狛江ショッピングセンターという、いささか時代に取り残された観を与える路地の一隅に、ABBYと称する店がある。名の由来はアビゲールという薔薇の品種だと聞かされたとき、私はその艶やかさと、このエリアのレトロな空気との間に、説明しがたい隔たりを覚えたものであるが、ドアを隔てると外と中は異世界だ。この店にぴったりの、気高い名前だと後でわかる。

店内は黒を基調とし、光を慎ましく吸収している。天井際には金色のアロワナの飾りがあり、それが東南アジアの雰囲気をほのかに醸し出している。
煙草が吸えるのも、今どきでは珍しく、とてもありがたい。私は一本火をつけながら、妙に安心してしまった。
私が訪れたのはまだ寒さの残る折であったから、供されるものは乾き物とおでんという質素なものであったが、量は充分であって、それがかえって店の気配にふさわしいように思われた。
席の趣向もまた一風変わっている。客はソファーに横並びに腰かけるので、互いに顔を見合せることなく、同じ方向へ視線を投じる。そこに奇妙な連帯感と安堵がある。カウンター席もわずかに設けられているが、いずれにせよ広くはない店内で不思議と落ち着ける、この店独自のレイアウトだ。

ママはフィリピン出身で、黒いドレスがよく似合う。八年の継続を経て、まもなく九年目に入るという。その事実は、彼女の性格、つまり努力を継続することができる、頑張り屋であること、の何よりの証明だろう。客たちは口を揃えて言う、ママは寛容で、この店は居心地がいい、と。寛容であるということは、ただ優しいというよりもむしろ強い。
酒は望みに応じて濃くも薄くもしてくれる。そうした融通の利き方が、人をほっとさせるのであろう。妙な言い方になるが、この店にいると、年齢というものが曖昧になる。誰もがいくらか若返ったような顔つきになり、自らの歳を忘れてしまうのである。
やがてカラオケが始まると、店の様相は一変する。電飾がぐるぐると回転し、空間はたちまち祭りのような賑わいを帯びる。その喧騒もまた、どこか懐かしさを伴っていて、耳障りとは感じられない。

ママは「お客様は神様だ」と宣って横柄に振る舞う者を許さない。おそらくこれまでに、そうした前時代的な思い込みを持った輩に苦しめられたことがあるのかもしれない。人を軽んじる態度を退けるその姿勢は、この小さな店に不思議な秩序をもたらしている。言葉で掲げるまでもなく、多様な者を自然に受け容れる気風が、ここには確かに存在していた。
折によっては、手伝いに来る娘さんに出会うこともあるという。それもまた、この場所にささやかな変化を添える素敵な出来事であるらしい。
支払いは現金に限らず、PayPayやカードも用いることができる。懐合いが心もとない夜でも、もう一杯を躊躇せずに済むのはありがたい。
PayPayで勘定を済ませ、外へ出ると、空気はシンとして頬に触れた。振り返れば、ABBYの灯は静かにともり、カラオケの音は全く漏れておらず、何事もなかったようにそこに在る。ギャップが激しくて不思議な感覚にとらわれた。ひょっとしたら、あそこは異次元にあって、ひとたびあの中に身を置いた者は、わずかばかり時空を超えて、少しずつ若返って現世に戻ってくるのではないか、私はそんな気がしてならなかった。
今回訪れたお店:Abby