東京で暮らしていると、ときどき無性に故郷が恋しくなる。仕事帰りの夜、実家の夕飯や商店街の風景を思い出してしまうことがある。通りの角を曲がった瞬間、魚の煮付けのいい香りがしたら尚更そんな気分になる。そんな日に出会ったのが、狛江ショッピングセンターのほぼ真ん中にある「KAYOKO」だった。

昭和の空気をそのまま残したような狛江ショッピングセンターで、かよこさんは26年前から店を続けている。しかも値段は昔のまま。本人は「のんびりやってるだけ」などと言うが、その言葉の奥には、この場所を守り続けてきた人だけが持つ覚悟のようなものが感じられた。
店内でまず目を引くのは、色とりどりの光を放つ球体だ。普通のミラーボールではなく、球体そのものが発光し、店全体を昭和のスナックのような雰囲気に染めている。

その下では人生の大先輩たちがマイクを握り、加山雄三や石原裕次郎、西郷輝彦など昭和を代表する歌を熱唱していた。この日の大先輩の最高齢は97歳。聞けば、この店の常連たちにとって歌は若さと健康の秘訣らしい。ここは酒場というより、日々の楽しみを支える場所なのだ。
歌はこの店の主役である。チェウニや赤井銀次といった歌謡歌手本人が訪れ、この小さな店内でライブを開くこともあるそうだ。店主のかよこさん自身も相当な歌い手で、カラオケブーム、デュエットブーム全盛期に覚えた数々の曲を、プロ顔負けの見事なビブラートを伴って聴かせてくれる。かよこさんには芸能界の友達が多く、ちょこちょこ訪ねてくるというのもなんだか納得感がある。
だが、この店の魅力は歌だけではない。お通しに出てきた肉じゃが、マカロニサラダ、赤飯を口にした瞬間、私はすぐに実家を思い出した。

どれも母の料理によく似た味だった。かよこさんは料理が大好きで、インスタントは一切使わない。材料さえあれば何でも作り、「旅行先で食べたあれが食べたいな」と言えば次回の来店時までにレシピを調べて用意してくれることもあるという。
壁に貼ってあるメニューにはラーメンや焼きそば、カレーライスやグラタンなどのほか軽いつまみも色々と並んでいるが、この店の本質は書かれている内容ではない。冷蔵庫にある食材で客のために好みの料理を作る、その姿はまるで故郷のお母さん。これだ。
アサヒの生ビールが飲めるのは本当にありがたい。他には日本のウイスキー、スコッチ、バーボン、ブランデー、焼酎まで酒の種類も豊富だが、不思議とこの店で一番心に残るのは酒ではなくて、歌であり、人であり、安心感であった。
実家に帰省して母の手料理を食べ、「じゃあちょっと飲んでくるよ」と町へ出る。そして仕事をしに東京に戻って、しばらくして疲れたらまたここに帰ってくる。そんな感覚に近い場所が東京の中にもあった。
狛江ショッピングセンターにとって、「KAYOKO」は単なる飲み屋ではない。始まりの場所であり、帰ってくる場所であり、人々の心の中心なのだと思った。「ショッピングセンターのセンターか!」などと独り言を言って酔いを自覚し、今夜は帰ることにした。
店を出たとき、私は少しだけ故郷に帰ったような気持ちになっていた。まるでお盆に帰省した時の、実家の縁側で酔い覚ましに浴びたような風が吹いていたからかもしれない。
東京にも、こんなふるさとみたいなところが残っているのか…。いや、残っているのではないな。かよこさんが26年間、守り続けてきてくれた。だから今日もまた、誰かが歌い、誰かが笑い、そして少し元気になったり若返ったりして家路につくのだろう。
今回訪れたお店:ぱぶ KAYOKO